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その日は珍しく、蝶屋敷に運ばれてくる怪我人が少なかった。
夜も更けた…一息つこう。
ルナは縁側に座り込み、すでに冷めきったお茶に口をつけた。
夜風が心地いい。
静かで、
今だけ平和で。
忙しなく過ごすルナの、少しだけ心休まる大切な時間。
そんな中、静寂を破る聞き慣れた声が上から落ちてきた。
「随分疲れた顔してんな」
見上げると、宇髄が立っていた。
「……はぁ…、賑やかなのが来た」
「開口一番それかよ、あとタメ息やめろ。」
「こんばんはくらい静かに言えない?」
「俺にそれ求める?」
「…無理、かぁ‥」
言いながらルナはふっと笑みをこぼした。
宇髄は「諦めてくれ」と笑いながら、ルナの隣へどかっと腰を下ろした。
「任務帰り?」
「おう」
「怪我は」
「無し」
「ほんとに?」
「マジ」
疑わしすぎる。
ルナは宇髄をじとっと睨んだ。
「信用ねぇな」
「前科が多いので」
「細けぇこと覚えてんのな」
いつものやり取り。
いつもの空気。
なのに最近、ルナには少し困りごとがあった。
この人がいると、安心する。
この人といると、心が躍る。
この人のことを、気づけば探している。
ルナはその事実が嫌だった。
ダメな気がした。
「ルナ」
「ん?」
「手」
「は?」
「お前が手怪我してんじゃねーか」
言われて初めて気がついた。
指に切り傷がある。
薬草を切っている時にやったらしい。
「あれ?…ほんとだ」
「気づいてなかったのかよ」
「こんなちょっとぐらい、なんでもない」
そう言った瞬間、宇髄がルナの手首を掴んだ。
どく、と心臓が跳ねる。
「ちょっと!!」
「じっとしてろ」
大きな手。
ごつごつしてるのに、触れ方は妙に優しい。
「お前がやんねーなら、俺がやる」
宇髄は懐から布を取り出し、ルナの指に軽く巻いた。
手際がいい。
柱ってこんなことまでできるんだ、とぼんやり思う。
その仕上がりに
「……大袈裟じゃない?…」
と眉をひそめた。
「他人の傷触る手なんだぞ、早く治しとけ。」
正論だな。
「…ん。…ありがと。」
「ったく…お前、人には丁重過ぎるくらいなのに、自分にだけはほんっと雑だよな」
宇髄は小さくため息を吐きながら続けた。
「もっと派手に自分大事にしろ」
低い声。
叱るみたいでもあるが、優しい空気が流れてる。
そう。
最近の宇髄からは優しい音がする。
ルナは、その音の正体を知りたくなかった。
知ってしまったら…
ダメな気がする。
ルナは心の中にあるこのダメな感情を、
『鬼』と名づけた。
特に夜になると鬼のように膨れ上がって出てくるから。
こんな月明かりの夜は、
宇髄が隣にいるほど余計に膨れ上がる。
苦しいほどに。
ルナは鬼を押し込めるように、冷めたお茶を一気に口に流し込んだ。
「……あのさ、宇髄さん」
「ん?」
ルナは月を見上げたまま呟いた。
「柱に倒せない鬼って、いないよね?」
宇髄は「は?」と眉を寄せる。
「急にどした」
「別に。ただ思っただけ」
「そりゃ倒すために鬼狩りやってっからな」
「じゃあ、私の中にいる鬼も、倒してもらってもいい?」
宇髄がギョッとして目を見開いた。
「お前の中の……鬼?」
思いのほか神妙な面持ちにさせてしまったことにルナはハッとした。
しまった。
言葉が滑った。
やっぱり夜は駄目だ。
胸の奥の鬼が簡単に口をこじ開けて、出てこようとする。
ルナは取り繕うように笑った。
「あー……うん、いや、なんでもない」
「なんでもない顔してねぇけど」
「気のせい」
「いや絶対違ぇだろ」
宇髄が怪訝そうに眉を寄せる。
ルナは視線を逸らす。
「忘れて。変なこと言っただけだから」
「変なことって、お前」
宇髄は顔をしかめながら続ける。
「急に“自分の中の鬼”とか言い出すヤツ、普通に怖ぇぞ」
「ひど」
「で?」
「……で?」
「その鬼って…何?」
心臓が嫌な音を立てた。
苦しい。
聞かないでほしい。
気づかないでほしい。
「ほんとに大したものじゃ——」
「その嘘やめろ」
ルナの言葉はバッサリと遮られた。
こうなった時の宇髄は逃がしてくれない。
宇髄は縁側へ片腕をつき、ルナに攻め寄った。
「お前、“大したことねぇ時”そんな顔しねぇだろが」
月明かりのせいだろうか。
宝石みたいな目が、今夜はやけに綺麗に見えた。
「……そんな顔…って?」
「今にも泣きそうな顔」
どく、と鬼が暴れた。
やめて。
そんな風に見ないで。
優しくしないで。
「…宇髄さんには関係ないよ」
やっとの想いで絞り出た言葉に、宇髄の空気が少し変わった。
「関係なくねぇから聞いてる」
真剣な声に、言葉が出ない。
「なぁルナ」
宇髄はルナの肩にそっと触れ、真正面から瞳の中を覗き込む。
「お前の中の鬼ってのは……」
心の中までも、見透かしそうなその目は
優しかった。
宇髄の言葉が止まる。
ルナの呼吸が止まる。
沈黙がうるさい。
しばらくして、
宇髄は何かを考えるみたいに、わずかに目を細めた。
そして、
――ニンマリ笑った。
「俺、お前の中の鬼だったら仲良くできそうだわ。」
え…?
宇髄は、立ち上がりルナの肩をポンポンと叩く。
「お前その鬼、邪険にすんな。くれぐれも丁重に扱えよ。くれぐれも、だ。」
言い残して歩き出した宇髄は、これ以上ないほど上機嫌だった。
「絶対だぞ」と鼻歌混じりに去っていく宇髄の後ろ姿を、ルナは呆然としながら見送った。
叩かれた肩の熱は、
宇髄が見えなくなっても冷める気配がなかった。
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【ど派手な鬼狩り】 眠れない夜(短編ep.5)
