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ルナは床に就こうと体を横たえた。
眠れない。
ここ最近、
寝つきが悪くなっている気がする。
鬼狩り任務で隊士が傷を負う頻度が増えている。
ルナの仕事も当然増える。
疲労は溜まる一方だと言うのに、
なぜか頭は冴えてしまう。
疲れすぎると、人は眠れなくなるもんなんだろうか。
静かだ。
虫の声と、風で木々が揺れる音が聞こえる。
その中から唐突に派手な足音が近づく気配がした。
ルナは、やれやれと言わんばかりに布団を頭まで被った。
「おーい、ルナ。起きてんだろ」
声と同時に障子がスパーンと遠慮なく開け広げられた。
「女の部屋に入るのにさ…お声かけとかないわけ?」
「声ならかけてるだろ」
「“入る前”に、だよ。」
ルナは、のそっと布団から頭だけ出して宇髄を睨もうとした。
が、
いつもと違う宇髄の“いでたち”にはっとした。
隊服じゃ無い。
髪も下ろしてる。
宇髄はなんの躊躇もなくそのままズカズカと部屋に入り込んできた。
大きな体格のせいで、一気に部屋が狭く感じる。
「任務帰りなのかと、思った…」
「いや、今日は任務無し。」
派手な額当てもしてなければ、
メイクもしていない。
ルナの胸は騒がしくなった。
「…音柱様がこんな夜更けに何の御用?」
「ん〜…野暮用?」
なんで、疑問系…?
こんな夜更けに男が女の寝床に押し入る理由なんて、
お伺いする方が野暮…か。
ルナは自分のうるさい心臓に、
なんでも無いフリを決め込んで「ふ〜ん」と宇髄から目を逸らした。
「眠れてねぇんじゃないかと、思ってな。」
「え。」
「最近お前、眠れてねぇんじゃねえの?顔に出てる。」
誰にもバレていないと思っていたのに、
鼻で笑いながら言い当てられたことに、
柱たる者の観察眼の鋭さを認めざるを得ない。
怪我だらけで運ばれてくる隊士を、ずっと気を張って手当し続ける仕事だ。
寝ようとしても、神経が昂って眠れないのは毎夜のこと。
さらに、
ここに訪れる隊士の数が増えれば増えるほど、
大きな戦いが近いのだろうかと、
よからぬ不安が脳裏をかすめるのも毎夜だった。
「美女は夜更かしするものなの」
大して誤魔化すこともできていないと分かりつつ、
ルナはどうでもいいシャレのひとつも言いたくなった。
「へぇ。じゃあ俺は美女の相手してやるか」
そう言って、宇髄はルナの布団へ潜って寝そべった。
「ちょ、狭い」
「我慢しろ」
「横暴だな…」
文句を言いながらも追い出さない自分が嫌になる。
追い出したくない。
宇髄に素直になることが、
ルナは怖かった。
沈黙が落ちる。
遠くで虫の声がした。
「怪我人、死ななかったか」
「……今日は…大丈夫」
「そうか」
短い会話。
その声は妙に優しかった。
派手で豪快なくせに、
時々びっくりするくらい静かな物言いをする。
人を大事に思ってる顔。
「ルナ」
「んー?」
「お前、頑張るのやめろ。」
心臓が跳ねた。
「は?」
「今だけ。頑張るのやめろ。」
急に大きな手が頭を撫でる。
優しい手。
言葉に詰まる。
宇髄は“何か”に気付いてる。
たまらずルナはその何かを悟られたくなくて口を開く。
「何それ…あ、口説いてます?」
「だったら?」
「……いや、違うか、過保護か。」
「口説いてるよ。」
頭を撫でる手がピタッと止まる。
急に真剣な眼差しにどっと汗が噴き出た気がした。
「ちゃんと心配もしてる」
低い声だった。
胸の奥が熱くなる。
心臓の音が伝わってしまいそう…
「…はいはい。そんなだから音柱様はモテるんですね〜」
「お前にモテねぇと意味ねぇな」
「それは…残念…だったね」
「残念だな」
そんなまっすぐな即答やめてほしい。
冗談みたいに言うのに、逃げ場がないじゃないか。
ルナは耐えきれず、寝返りで背を向けた。
「ガキかお前は」
「うるさいなぁ」
宇髄はなおもルナの頭を触り続けた。
大きな手。
指先が優しく髪を梳く。
心がざわつく。
居心地の悪さの中に込み上げる感情がなんなのか、
本当はわかってる。
「……ルナ」
「ん」
「こっち向け」
「…それはやだ。」
「なんで」
「今、顔見られたくないから」
言ってから、しまったと思った。
宇髄が吹き出す。
「何それ、可愛いな」
「うるさい!」
布団の中で足を蹴れば、さらに笑われた。
肩を掴まれ、強制的に仰向けにされる。
驚いている間に至近距離に端正な顔。
息が止まりそうになった。
「……な、に」
「可愛い顔拝もうと思って」
耳まで熱くなる。
宇髄は愉快そうに笑いながら、ルナの頬を撫でた。
指先が肌を滑る。
ぞくりとする。
「お前、いつも余裕ぶるよな」
「ぶってないし。余裕だもん。」
「じゃあ、その余裕とやらを無くしてやろうか?」
言いながら上にのしかかられていた。
逃げようと思えば逃げられたかもしれない。
けど身体が動かない。
「どいて…?」
「嫌だ」
「横暴…」
「今さらだろ」
耳元で囁かれ、肩が震えた。
「……ルナ」
近い。
流石に近すぎるって。
吐息が触れる距離。
息ができない。
心臓がうるさい。
「……私」
「ん?」
「女慣れしてる人って苦手。」
「へぇ」
「本気かわかんない」
宇髄は少しだけ目を細めた。
「なるほど。本気をわからせればいいわけね?」
やってしまったと思った。
これ以上、圧をかけられると本音が溢れ出してしまいそうで。
「……知らない」
「逃げんな」
「逃げてない」
顎を掴まれる。
まっすぐ見つめられて、視線を逸らせない。
「…宇髄さん、誰にでもこうするんでしょ?」
「なんだよヤキモチか。可愛いだけだけど。」
言えば言うほどドツボにはまっていく気がした。
ルナは何も言えなくなった。
こんなの、好きだって言ってしまっているようなもんだ。
黙りこくるルナを見て、宇髄は小さく笑った。
ムスッと結んだ唇を、親指でなぞられる。
びく、と肩が震えた。
「……敏感」
「宇髄さんが変な触り方するから」
「もっと変な触り方していい?」
次の瞬間、額に柔らかい感触が触れた。
口付けだと理解するまで数秒かかった。
「……な」
「嫌だったか?」
低く問われる。
その質問は最終警告。
もう、何を発しても気持ちも心臓の音もバレてる。
「……別に」
「別に、ねぇ」
宇髄は困ったように笑った。
それから今度は頬に口づける。
耳元。
首筋。
触れるたび熱が広がる。
「ちょ、」
「本気で嫌なら止めろ」
そんな愛しそうな口付けの嵐を拒める奴がどこにいる。
宇髄の腕がルナの背中へ回る。
優しくて、ぞくぞくする。
「ルナ」
「……なに」
「お前が好きだ。」
真っ直ぐな声だった。
もう無理だった。
この感情を抑えきれない。
「お前も言え」
「え…?」
「言えって」
「いや、だって、恥ずかしいし…」
「珍しく素直?」
「うるさいなぁ……」
「言え」
ルナは観念したように小さく息を吐いた。
「……怖いんだもん」
宇髄は少し目を見開いた。
「何が…?」
「……宇髄さんが…いなくなったらやだ」
ルナは自分でも何を言っているのか混乱しながら、急に目頭が熱くなるのを止めることができなかった。
鼻の奥がツーンと痛い。
「お前、俺が死ぬと思ってる?」
「だって…」
ルナが蝶屋敷で働くようになって、
鬼にやられた隊士が運ばれてくるのは日常茶飯事。
治せない怪我の方が多いくらいで、
この手からこぼれ落ちていった命は十や二十じゃない。
自分の無能さを知らしめられる毎日に、
もし、
もしも、
本気で好きになった相手が、
そんなことになったらと怯えていたことに気がついた。
――あぁ、そうか――
宇髄に言われて初めて確信した。
私は常に死と隣り合わせでいる人に、
本気になることが怖かったんだ。
わかった途端、ルナは堰を切ったようにボロボロ泣いた。
宇髄の胸の中で。
「死なねえし。」
泣きじゃくるルナを、
宇髄は堪えきれずに力任せに抱きしめた。
抱き締める腕は苦しいくらい強いのに、不思議と心地よく感じた。
ルナは宇髄の着物をぎゅっと掴む。
「……俺ちゃんと居るだろ、ここに。」
宥めるように、わからせるように背中をさすられる。
優しく暴かれた心。
滝の様に溢れ出す感情。
「…宇髄さん」
「ん?」
「生きててくれてありがとう…」
「…ん。」
ルナは宇髄の背中に手を回した。
「あたし…宇髄さん、好きだ…」
宇髄は一瞬面食らったようにビクッと体を揺らした。
もう、
隠す必要なんてない。
「泣きながら言うとか、お前…」
はぁ…とため息まじりの呟きが愛しかった。
「ほんっと……可愛いやつ。」
その声は幼子をあやすように優しかった。
宇髄はルナが泣き止むまで黙って抱きしめたまま離さなかった。
宇髄の胸は広くて、温かい。
規則正しい鼓動が耳に届くたび、
ルナはさっき自分が口にした言葉を思い出してしまう。
――あたし…宇髄さん、好きだ…――
なんだろう、ためらいなく言えちゃったな。
心に溢れる安堵はなんだろう。
素直になるのが難しかったのはなんだろう。
宇髄さんが危険って思ってたのはなんだろう。
いつもはド派手に大声の宇髄が
静かに抱きしめてくれている間
ルナは色々な想いを馳せていた。
怖さも意地も何もかも曝け出して、
今さら誤魔化すことも何もなくなった。
けど…
泣き止んだ途端、ルナは恥ずかしさに襲われた。
「……死にたい///(爆照)」
「おい、お前が死を望むな!」
頭上から笑い混じりの声が降ってきた。
ルナは顔を上げないまま、ぐりぐり額を宇髄の胸に押し付けた。
「宇髄さんのせい」
「そりゃ悪かったな」
宇髄は楽しそうに笑った。
ルナはいたたまれなくなって言った。
「あの……そろそろ離してもらっても?」
「嫌だ」
「なんでっ」
「今のお前、すげぇ可愛いから」
恥ずかしさに拍車がかかる。
「う…宇髄さん!!」
思わず宇髄の胸板をポカポカ殴った。
「だからそういうの、可愛いだけだって。」
この人、本当に恥ずかしいことを平然と言う。
ルナが睨みつけようと見上げた先に、
宇髄の少し熱っぽい視線が絡んできた。
思わず喉が鳴る。
「俺も、ルナ好き。」
心臓が跳ね上がる。
「…本当に殺す気?」
「なんでだよ。」
どちらかともなく笑みがこぼれた。
「…ルナ」
「ん?」
「キスしてい?」
ルナはギョッとした。
「っ!!?それ…聞く?」
「嫌がることはしたくねぇし、殺したくねぇし?お前には準備が必要かと思って」
冗談か本気か、
その気遣いが逆に辛い。
こちらの反応を伺う宇髄が、
実は楽しんでいる様にも見えて悔しい。
ルナは目を逸らしながら、小さく肩を竦めた。
「……死なない程度に…なら…」
「誰が死なせるかよ…」
言いながら唇を塞がれた。
宇髄からの口づけは拍子抜けするほどに可愛らしいものだった。
――優しい――
――柔らかい――
――あたたかい――
ただ触れるだけの口づけ。
そっと触れているだけなのに、
込み上げる愛しさが苦しいなんて初めて知った。
「…宇髄さん」
「ん?」
「もうちょっと…大丈夫そう。」
宇髄の呼吸が変わった。
「おねだり…出来んじゃねーか。」
また唇が重なる。
今度は少し深い。
「……ん」
漏れた声に、自分で驚く。
「煽ってんのか?」
「煽ってない……」
「無自覚怖ぇな」
言いながら艶かしい舌が差し込まれて息が止まる。
逃げるように肩を押したのに、全然離してくれない。
口から注ぎ込まれる愛の深さに、
体温が急上昇する。
――クラクラする――
――溶けそう――
「は、……」
「息継ぎ下手か」
「宇髄さんが長い」
「まだ全然軽い。“死なない程度”だ。」
余裕そうな顔に腹が立つ。
「ちゃんと鼻で息しろって。まじで死ぬぞ。こんなんじゃ足りねぇ…」
言いながら覆い被さる宇髄の体温を全身で感じて
あぁ、これが天国ってやつなのかもなとルナは感じていた。
